私の車遍歴
と言うほどの事も無いのですが

2014/02

お別れした車たち
117クーペ
ドマーニ
カローラレビン
アコード

ヤマハFX50・1972年(昭和47年)
高校生になって、御多分に漏れず即原付免許を取ったのはよいのですが、バイクに関する知識がまったく無く、知り合いの販売店が薦めるままにヤマハのFX50と言うロードタイプを買ってもらいました。
今思えば良いバイクだったのですが、当時はまったく分らず足代わりにこき使っていました。

ヤマハRD400・1976年(昭和51年)
ちょうどその頃、自動二輪免許が中型と大型に別れる直前で、友人たちが慌てて自動二輪免許を取っているのを横目に、原付で十分と思っていました。
しかし、友人たちが自動二輪に乗りはじめて、遅まきながら私も興味を持ちはじめた時には既に自動二輪免許は中型と大型に分かれていました。
若者に大型自動二輪を乗せないのが目的の制度ですから、取得するのは非常に難しく私も諦めて中型を取ることにしました。
免許を取ると自動二輪が欲しくなるもので、当時ナナハンキラーと言われたヤマハのRD400というオートバイを買いました。
別にナナハンを意識したのではなく、前述の知り合いがヤマハの特約店をしており、店に展示してあったRD400を薦められるままに乗って帰ったのでした。
確かに出足は鋭く、不用意にアクセルを吹かすと簡単にウイリーしてしまいました。
スタートダッシュに限って言えば、友人が乗っていたCB750やCB550に負けることはありませんでしたが、高速道路での高速走行はさすがにかないませんでした。
2サイクルなので仕方ないのですが、マフラーがオイルで汚れるのが悩みの種でした。
これは原付の頃から思っていて、今度買い換えるなら4サイクルにするぞと思いながら二輪車から離れていきました。
実際に乗っていたのはワインレッド

マツダファミリアプレスト1000・1972年(昭和47年)
私がRD400に乗っている頃、姉が車を買い換えることになりました。
それまではマツダのファミリアプレスト1000/2ドアクーペに乗っていたのですがクーラーも無く、かなりくたびれてきたので買い換えることになりました。
父は出入りの販売店が薦めるままにマツダRX7のカタログを持って来ました。
しかし、姉も私もRX7にはまったく興味がありませんでした。
RX7が悪いのではなく、117クーペとは対称的な直線的デザインが気に入らなかったのです。
もっとも、走行性能に拘っていればRX7を選んだ可能性もありますね。
ここで運命が分かれた訳です。

イスズ117クーペXE・1978年(昭和53年)
私は以前から117クーペが気に入っていて、見かける度に目で追っかけていました。
私の言う事は聞かない父でも姉には弱く、姉が希望すれば買ってもらえるだろうと姉に117クーペを紹介しました。
幸い姉も一目で気に入って、父にお願いすることにしました。
トヨタ・ニッサン以外は車じゃないと考えていた父はイスズと聞くと「トラックでも買うんか?」と皮肉まじりに言いましたがカタログで117クーペを見ると「ほほう、格好いいな」と乗り気になりました。
常々父は車を買うなら同一車種の中では最高グレードを買わないと後悔すると言う持論の持ち主で、117クーペも当然最高グレードを見積ってもらいました。
しかし、出て来た見積を見てビックリ、トヨタクラウンの最高グレードよりも高かったのです。
私も姉も金額を見てビビッてしまい、別の車にするかグレードを下げるか話し合いましたが、初志貫徹と言う事でグレードも車種も変えないことにしました。
父は圧倒的に安いRX7を薦めましたが姉(私)は頑として譲りませんでした。
とうとう父も根負けして117クーペの購入を認めてくれました。
おそらく私だけでは父を説き伏せるのは不可能だったでしょう。
姉のおかげで117のオーナーになれたのです。
新車で購入して既に30年になりますが、今も元気に走っています。

ホンダアコードSI(90’アコード)・1990年(平成2年)
社会人になって、結婚し子供も出来て、そろそろ2ドアクーペでは手狭になって来ました。
しかし、117クーペを手放す気はさらさらありませんでした。
そこで、ちょっと贅沢だけど、ファミリーでゆったり乗れる車を買い足す事にしました。
5ナンバーサイズで排気量2000cc以下で車内が広くてそこそこ走るという条件で探すとホンダ・アコードかスバル・レガシーに絞られました。
アコードもレガシーもワゴンが人気でしたが私は4ドアセダンに拘りました。
そうなるとパワーは劣るものの車内の広さでアコードに決まりました。
永く117クーペしか乗った事の無い私に取って、このアコードは何もかも新鮮でした。
広くて静かで早い。特にオートドライブと4WS(4ホイールステアリング)が便利でした。
高速道路ではオートドライブを100km/hに合わせると細かなアクセルワークが必要なくなり右足の疲れが少なくで済みましたし、4WSは狭い路地等で後輪が前輪と反対方向に曲るので内輪差を気にしなくても側面をこする事無く曲る事が出来ました。
現在はこの二つとも設定が無くなっているので残念でなりません。
とても便利な機能なのに人気が無かったのでしょうか?

ホンダアコードSI−R・1997年(平成9年)
現在使用中のアコード、もとても乗りやすい車です。
前回のアコードで車の進化と言うものをまざまざと見せ付けられて「これだけあれば十分だ。」と思っていたのですが新型が出るたびに試乗にでかけて着実に良くなっているのを感じました。
90年式の次に出たアコードは3ナンバーになっていて「アコードは5ナンバー」と思っていた私は買い換えるのを断念しました。
ホンダのセールスにも「3ナンバーに乗るのならアコードに拘る意味が無い」と言って次回は5ナンバーを出せと要求していました。
まぁ、私の要求が通った訳では無いでしょうが、目出度く5ナンバーに復帰したアコードをさっそく購入しました。
排気量もサイズも同じなのに別物の様に進化していました。
2003年式の新型アコードは3ナンバーに戻ってしまいました。
しかし、試乗してみて「仕方ないかな」と思いました。
アコードと言うには無理があるくらい「別の車」で、何もかも良くなっていました。
同じアコードなのに、これだけ違いを見せ付けられると「次回は私も3ナンバーかな」と思ってしまいます。
あれだけ5ナンバーに拘っていたレガシーが3ナンバーですからね。
2014/02
アコードを処分しようとネットの中古車査定を依頼しましたが、査定ゼロ・・・。
知り合いの整備工場に引き取ってもらうことにしました。さよなら。
トヨタ マークX 350PREMIUM・2013年(平成25年)
とうとう自動車を買い替える事になりました。
アコードを処分したのではなく、父が乗っていたセルシオからの買い替えです。
4ドアセダンで楽しい車は、もはや5ナンバーには存在しないので5ナンバーに拘らずに選びました。
マークXは初代の評価がボロボロで「値段が高いカローラ」とまで酷評されていました。
フルモデルチェンジ後の評価はそこそこ良くなっていたのですが、どの程度改善されているのか分かりませんでした。
パワートレーンはクラウンと同じで、クラウンより10cm短く、100Kg軽い。
パワーウエイトレシオだけを見ると、早そうです。
でも、車は早いだけでは語れません。
とりあえず、試乗してみて決める事にしました。
試乗してみると、思ったほど大きさを感じないし、回頭性も良く俊敏です。
足回りも予想以上に良く、乗り心地も良く静かです。
これなら買い替える価値はあると判断して買い替えました。

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