父の車遍歴

2013/09

平成25年1月1日、父が逝去しました。
父の車遍歴はこれで完結です。
さよならセルシオ

歴史を感じます

ホンダドリームC71
我が家で写真に残っている最古の発動機付き乗り物です。
前に座っているのか私で後が姉です。
私の年齢から推測すると昭和35年(1960年)前後ではないでしょうか。
当時、ホンダドリームに乗るのはそれこそ夢で、町を乗回すのがステータスだったそうです。
父が運転して、姉がタンクに乗り、母が私を背負って後に乗る事もあったそうで、その写真が無いのが残念です。
左の写真は資料写真で、実際に乗っていたのはシートがベージュ(皮)色のものだったそうで、白黒写真しかないので実際の色は分りません。

スバル360
さすがに家族4人でバイクに乗るのは無理があるので四輪車を買おうと思ったらしいのですが、当時はまだまだ高嶺の花で、簡単に買えるものではありませんでした。
そこにスバル360が発売されて、これなら何とか買えそうだと買ってしまいました。
当時は経済も成長期で先に買って後から支払うために車やバイクにも月賦価格と言うものが設定してあったそうです。
中央に立っているのが私で「おぼっちゃまくん」のモデルになったのは有名な話です。(冗談)

クラウン
スバル360に乗っていたと思ったら、いきなりクラウンを買った父でした。
頑張った甲斐があって、会社が軌道に乗りはじめたのでした。
これ以降、一貫してクラウン、それも2000ccのトップグレードを乗り継いで行きました。
車単体で撮った写真が無く人物が主役です。
トヨタクラウン(1971) トヨタクラウン(1972)
トヨタクラウン(1977) トヨタクラウン(1987)

ニッサンセドリック(1980)
一度だけニッサンセドリックに浮気した事がありました。
これは私の先輩にニッサン党がいてスカイラインやフェアレディZの素晴らしさを得々と説明されて「トヨタはエンジンが弱い」とか「所詮織物屋だ」とか言われて、俄然ニッサンに興味がわいて来ました。
トヨタ党だった父を説き伏せてニッサンセドリックに買い換えさせたのですが、タイミングが悪く排気ガス規制でエンジンのパワーが無くなっていた時期にぶつかって「走らない」と文句を言われました。
まぁ、それ以外でもこの頃のクラウンとセドリックでは多くの点でクラウンの方が優れていたようです。

トヨタセルシオ
クラウンの5ナンバーに拘っていた父も周りが3ナンバーばかりになってきて拘る理由が無くなっていました。
デカイ車はイヤだと言っていた父ですが、トヨタからセルシオが発売された時はかなり興味を持っていました。
トヨタが相当力を入れていたのは分っていたので「仮に3ナンバーでも国産車」と言っていた父を説き伏せてセルシオに乗ってもらいました。
オーナードライバに拘るので、立場上、安全な車に乗ってもらいたかったからです。
初代のセルシオは本当に良く出来た車でした。
トヨタのブランドが世界的に高まったのがよく分ります。
けた違いに静かで乗り心地が良く、速い。そして、丈夫でした。
しかし、それに比べて2001年式は原因不明の故障が多く、静粛性や乗り心地も普通の車になってしまいました。
あまりの故障の多さに「私はね、カロ*ラを買ったんじゃないよ、セルシオを買ったんだよ。」とセールスに文句を言ってしまいました。
故障が多いのはモデルチェンジ直後には良くある事で、それ自体は仕方がないと思うのですが、静粛性と乗り心地が悪化したのは残念です。
セルシオの足回りを硬くしても意味ないと思うのですけどね。
トヨタセルシオ(1989初代) トヨタセルシオ(2001)