三管式プロジェクター
VPH−D50QJ(ドルフィン)

2007/07

ドルフィン(VPH−D50QJ/1996年購入)は私にとってリファレンスとなるプロジェクターです。
500XJ2は良いプロジェクターなのですが120インチでは無理があり、80インチくらいが最高の性能を発揮できるサイズのようです。
8インチ菅や9インチ菅は価格もサイズもとうてい導入不可能です。
そんなときに500XJ2の後継(と思ったら上位機種)としてドルフィンが発表されました。
ドルフィンは基本設計が120インチで、実際に500XJ2と比較して同じ7インチ管とは思えないくらい1ランクも2ランクも上でした。
120インチの大画面でも、まばゆいほどの光量があり苦労して買い換えた甲斐がありました。

シャープのP1で大画面を知り、500XJ2で大画面+高画質を知りました。
しかし、欲望とは限り無いもので、さらなる高画質が欲しくなりました。
そして、本格的大画面高画質化への決定打としてソニーのD50QJを導入しました。
500XJ2は素性の良い3菅で、100インチ以下(80インチくらいが理想)であれば長期間不満も出なかったでしょうが限界に近い120インチでは画面の暗さが気になっていました。
D50QJに交換したときは、その圧倒的な高画質に言葉も出ませんでした。
現在までこれと言った不満は無く、むしろラインダブラーやプログレッシブDVD・HTPC等いろいろなソースに対応できて、最近になってやっと真価を発揮し始めた所です。
まぁ、7インチ菅以上のプロジェクターを見た事がないもの幸運かもしれません。

2004年末にG90を見る機会があり、その超高画質に圧倒されましたが、慣れとは恐ろしいものでD50を見ていると「これで十分じゃん」と思えるから不思議です。

設置

私は500XJ2の時もそうでしたが、最初から天吊りで考えていました。
一般家庭で使用する場合、やはり天吊りが現実的だと思います。
そして500XJ2同様、一人でできると思っていました・・・。

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画像調整

設置が済んだら画像の調整に入ります。
基本は500XJ2と同じですが非常に調整しやすくなっていました。

詳細はこちら[フォーカス][レジストレーション][映像調整
レンズとCRT(ブラウン管)の清掃

良い画質を維持するためには定期的な調整と清掃が欠かせません。
特にレンズはカメラと同様、知らず知らずに汚れていて画質劣化の原因になっています。

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静音化

最近は改善されたようですが、プロジェクターはうるさい!
静かに映画を見ようとしてもゴーゴーと言うファンの騒音に小さな音はかき消されてしまいます。
そこで、ファンを交換したりして静音化することにしました。

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インターフェイスボードいろいろ

D50QJを購入した当初はコンポジットビデオとSビデオ入力があれば事足りていたのですが、規格がどんどん進化していくにつれて、入力も新規格に対応させる必要が出てきました。

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修理顛末記

購入して一度も故障したことが無いドルフィンがとうとう壊れてしまいました。
大型家電品(冷蔵庫や洗濯機)の様にその場で修理できないので天井から降ろしてメーカーに持っていってもらうことになりました。

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2号機

1号機は使用時間がかなり経っていましたし、故障したりして、これからが心配だったので予備としてもう一台購入しました。
中古ですが非常に程度が良く新品に近い状態でした。

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2009/01

ドルフィン(SONY VPH-D50QJ)を1997年に導入して約12年。
途中、修理したり交換したりしましたが、年月を感じさせない先進性と性能で今まで使用して来ました。
しかし、固定画素(液晶やDLP等)の性能向上は著しく、とうとうドルフィンに別れを告げる時が来ました。
これで、ドルフィンとはお別れです。
長い間、楽しませてくれてありがとう、バイバイ ドルフィン。

さよなら ドルフィン
長い間、頑張ってくれたドルフィン。
「もっと頑張れるのに!」と言い出しそう。
使用時間3470時間。
全黒の環境で使用していたので、焼き付きも無く、まだまだこれからです。
いよいよドルフィンを降ろします。
前回同様、息子と二人でロープを併用して降ろしました。
出来るだけ軽くするために、ボンネットとレンズを取り外しました。
天吊り金具も必要ないので取り外します。
降ろしたら、レンズとボンネットを元通りにして取り外し完了。
HDMIボードは取り付けたままにしておきます。
取り外した天吊り金具PSS-70。
これはVPH-50HTJ、D50QJ、G70QJに使える金具です。
当時、これだけで5万円以上しました。
高かったなぁ。
取り扱い説明書(販売店用、オーナー用、天吊り金具用)と金具と共に倉庫行きです。
初号機のオーナーから二号機も譲ってほしいと申し出があり、そちらに行く事になりました。